豪雨後の北ノ又川調査・・・

豪雨後の8月・・・池田副代表、北ノ又保護区監視の星和夫監視員、当時漁協銀山分会長だった星隼人(育てる会事務局)の3人で禁漁区内のリサーチに出かけた。

落ちた橋、抜けた林道、大きく変わった流れ、河畔林が丸ごと流された場所から大きな水のパワーには驚かされた。

しかし幸い、宮ノ淵は埋まらずに淵として残っていたことに安堵したことを覚えている。

しかしこの年から宮ノ淵は埋まり始めた・・・

豪雨のパワーで上流から押し流された大きな石は宮ノ淵上端の川幅が広くなるエリア(流れが緩くなる)に堆積した。

豪雨で運ばれ堆積した石は通常の増水のパワーでは動かず、小さなを動かしながらゆっくりと流れを変えていった。

浅く、広くなってしまった流れに河床を掘る力は無く淵は埋まっていった。

埋まった淵に遡上魚が付くことは無くなり、ここ数年、宮ノ淵で大岩魚の姿を見る事は無くなってしまった。

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永年禁漁区 北ノ又川と宮ノ淵

一気に押し寄せた釣りブームと乱獲で激減した魚類資源の復活を目指し

1976年 北ノ又川の一部(蛇子沢橋上流)が3年間の期限付きで禁漁区として指定された。

その3年後の1979年、禁漁の期限は更に延長され、1981年に現在の永年禁漁区(石抱橋上流の標識から上流域全て)が誕生した。

当時、魚を守り、育てる為の種川として禁漁区が設定されたのは日本では初めての試みであった。

1978年に奥只見の魚を育てる会主催で第一回目のフィッシュウォッチングを開催して以降、これまでに30回以上のフィッシュウォッチングを開催してきた。

フィッシュウォッチングのメインポイントは「宮ノ淵」

秋の遡上シーズンには銀山湖から遡上してきた大岩魚の群れが宮ノ淵で多数観察されてきた。

宮ノ淵上端は白沢と北ノ又川の合流点となっていて遡上の分岐点となる。秋の産卵遡上に宮ノ淵に遡上魚が一時留まるのは産卵パートナーを見つける場とか遡上休息地や雨による増水待ちと考えられていて

産卵遡上魚にとって重要なポイントとされてきた。

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